黒須巳之吉先生(1)

千葉県香取郡で大工黒須重次郎の長男として明治18年(1885年)3月10日生まれる。一高東大を経て、慈恵医大初代学長の金杉英五郎の病院の副院長となる。ドイツに留学し、世界大戦に遭遇し、スイスバーゼル大学に移りジーベンマン教授に師事。帰国後、金杉英五郎の命を受け、慈恵医大の東京病院耳鼻科に奉職。慈恵医大より博士号授与。 大正12年関東大震災を切っ掛けに慈恵医大東京病院を辞し、東京霞町に耳鼻科病院開設。昭和19年(1944年)神奈川県湯河原町に疎開し耳鼻科病院開設し、昭和25年(1950年)東京都港区六本木に分院を開設。昭和32年(1957年)第6回国際耳鼻咽喉科学会(米国ワシントン)出席。汎太平洋外科学会正会員。日本気管食道科学会特別会員。日本耳鼻科学会終身評議員。国際鼻科学会会員。日本国際医学協会表彰。日本気管食道科学会感謝状。日本扁桃研究会名誉会員。日本医師会最高優功賞受賞。  昭和47年(1972年)11月17日 87歳歿。

金杉英五郎の養母の姪である大竹貞子と大正4年(1915年)結婚 6人の子供授かる。昭和3年(1928年)貞子病死の後、昭和10年(1935年)スクリバ・ 巴と再婚。巴の先夫エミール・スクリバは42歳で病死。

慈恵医大より学位受領 学位論文「日本人側頭骨錐体尖蜂窠(ほうそう)の臨床解剖学的研究」